「うちは一日でもラインが止まったら納品できない。そんなの、分かりきってるんだけど――」
そう語る製造業の社長は少なくありません。
納期に厳しい取引先、限られた要員と設備、複雑な工程、属人化した作業。
現場をよく知る経営者ほど「万が一」が現実になったときの怖さを肌で感じています。
それでもなお、BCP(事業継続計画)を策定している製造業はごく一部にとどまっています。
「そこまで手が回らない」「具体的に何をすればいいのかわからない」「BCPを策定することに意味があるの?」
本コラムでは、そんな中小製造業の経営者に向けて、BCP策定の意味と現実的な始め方をお伝えします。
「止まったら終わり」の現実
製造業におけるリスクは多岐にわたります。
- 地震、火災、水害などの自然災害
- 停電、設備故障、原材料の供給停止
- 感染症拡大、従業員の大量離職
- 情報漏洩、サイバー攻撃、納品先の突然の倒産
これらのリスクは、「ありえない話」ではなくどの企業にも起こり得る話です。
とくに中小製造業の場合、「一箇所の拠点に全工程が集中」「部品の調達先が限られている」「一部のベテラン社員に作業を依存している」など、“止まったときの弱さ”を内包しているケースが少なくありません。
一方、取引先は納期にシビアです。止まった理由が地震でも、出荷ができなければ取引打ち切りになることもある。だからこそ、BCPは取引先への信頼確保の武器にもなります。
「BCPって、何を決めればいいの?」
BCPというと難しく考えがちですが、要は「うちの会社が一番困ることは何か?」「どうすれば少しでも早く動けるか?」を事前に決めておくことです。特に製造業では、次の3点を明確にすることが現実的な第一歩です。
1.製品と工程の“優先順位”を決める
すべての製品を一斉に復旧させるのは不可能です。まずは、
- 利益の柱になっている製品
- 主要顧客との契約で必須な製品
- 代替の効かない技術が含まれる製品
などを整理し、「止めてはならない工程・製品」を明確にしましょう。
2.最低限動かす“人と設備”を決める
たとえば、「●●製品の出荷を3日以内に再開するには、○名と××の設備が必要」といったかたちで、最小限の操業体制を考えておくと、緊急時の初動が早まります。
「この機械は1台しかない」「この作業はあの社員しかできない」――そんな属人化を放置していないか、棚卸しを兼ねて見直す良い機会になります。
3.外部との連絡・調達ルートを整理する
停電やネット障害時に備えて、「誰が、どこに、何で連絡を取るのか」「調達先が機能しない場合の代替先はあるか」をエクセル1枚でもよいので一覧化しておくことが重要です。
「うちはBCPなんて無理だ」と思ったら
多くの中小企業経営者が口を揃えて言います。
「そんなに人も金も余ってない。BCPなんて余裕ないよ」
その気持ちはよくわかります。ただし、完璧なBCPを作る必要はありません。
必要なのは、“最悪の状況でも最低限の再開ができる”ための「現実的な一歩」です。
たとえば――
- 作業手順を紙で残しておく(キーマンがいなくても作業できる)
- 従業員の連絡網を共有する(LINE、SMSの併用)
- 重要な取引先には「BCPに着手している」と伝えておく(信頼の維持)
これだけでも、“そのとき”の被害は確実に小さくなります。
さらに、BCPの有無が「融資審査」や「取引継続の可否」「保険料の割引」に影響する事例も増えています。
まとめ:BCPは、“守り”であり“攻め”でもある
BCPは「何があっても事業を続けるための盾」ですが、それだけではありません。
むしろ今、取引先や金融機関がBCPの有無を評価する時代に入っています。
- 「御社は災害時も対応できますか?」
- 「サプライチェーンが切れても納品できますか?」
そんな問いに対し、口先だけでなく行動として備えを示せる企業こそ、選ばれる会社になります。
今あるリスクに目を背けず、できることから一歩ずつ――。
BCPは、守りではなく“経営の武器”です。社長であるあなたが先頭に立つことで、社員の意識も変わります。
「止められない工場」に、止まったときの準備を。
それこそが、経営者の責任であり、未来の利益を守る最善策です。